農作物が育つのに必要な水と肥料。これらをAI(人工知能)やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を用いて自動制御する最新の農業システムが、新百合ヶ丘で開発されている。これまで経験や勘が頼りだった「ベテランの技」をICT(情報通信技術)が補強することで、収穫量のアップや作業の効率化を可能にする。この最新技術は人と農業をつなぎ、後継者不足に悩む農業を変える新たな一手となりそうだ。
「ICT技術はこれからの農業を担う大きな力になります」。熱のこもった口調で語るのは、株式会社ルートレック・ネットワークスの佐々木伸一代表取締役社長。同社はハウス栽培の作物に水や肥料を与える際、独自のアルゴリズム(AI)によって最適な量やタイミングを計算して供給できるシステムを開発し、注目を集めるベンチャー企業だ。このシステム「ゼロアグリ」は、土壌の水分量や日射量、肥料の濃度などを数値にして「見える化」するだけでなく、作物の成長に合わせた最適な水分量を供給することができる。そのため、品質の安定化や収量の増加が見込め、作業時間を削減することが可能だ。
1台で約70アール(7,000平方メートル/トマトの場合)を管理できる画期的なシステムだが、2013年の販売時には農家の反応はあまり良くなかったという。佐々木社長は「水やり10年という言葉があるほど、農業は長年の経験や勘を大切にします。機械が人の代わりをすることは難しいという印象が強かったのだと思います」と振り返る。しかしその後、東日本大震災の復興事業などに関わる中で認知度が上がり、技術への信頼も高まっていった。「ゼロアグリ」は現在、国内29道府県をはじめタイ、ベトナム、上海などの海外にも進出し、約150か所で使用されている。
農業の未来にICTで貢献したいと熱い思いを持つ佐々木社長だが、元々は農業は専門外だった。明治大学工学部を卒業後は半導体業界で勤務し、30歳の時に転身。シリコンバレーの20社のICT関連スタートアップの日本における事業化に貢献した。帰国後の2005年に現在の会社を設立し、IoTの最先端を行く事業を展開。そんな中、総務省の事業に関わったことが、農業界におけるビジネスを展開するきっかけとなった。高齢化や担い手不足で農家の数は年々減少している。このまま農作物の生産量が減れば食料不足が避けられないことにも危機感を持った。また、若手農家から「数値のある農業、根拠のある農業がしたい」という声を多く聞き、現在の農業が転換期にあるという思いを抱くようにもなった。佐々木社長は「農業に携わる人が減っていくのであれば、今ある農家が生産効率を上げること、規模を拡大することが必要になりますが、これらはICTを活用し農業をスマート化することで実現できます。休みを取れない、出かけられないといった過酷な労働環境にも変化を起こせます。農業はこれから右肩上がりの産業にしていけると確信しています」と力強い。工学部出身だからこそ気付けることを生かし、農業の変革を目指している。
「ゼロアグリ」の開発には、明治大学黒川農場の小沢聖特任教授らの研究も大きく寄与している。約10年かけて蓄積したデータを基にして、2012年から同社と共同研究をスタートし、翌年に第1号機を発表した。「このシステムは完全な自動化ではなく、人間が判断できる部分も残しています。すべてを自動化した場合に比べ安く製品化できるだけでなく、システムの調整を通して長老から若者へ、父親から息子へ経験を伝えていくことも必要だと考えたからです。そしてこれがデータとして残っていき、経験が浅い人でも徐々に勘を養っていくことができるようになります」と小沢特任教授。このような人と人とのつながりがICTの力をさらに高め、農家や農村、そして日本の農業を守ることになると期待を込める。また、日本での展開はもちろん、課題や経営規模が似ているアジアへの進出も目指しているという。小沢特任教授は「現在、農業で肥料を大量に使うことによる土壌汚染や、窒素肥料を生産するための化石燃料の消費が問題になっています。水や肥料の適正な分量を判断できるこのシステムを利用することは、環境保全にも役立ちます」とその意義を説明する。新百合ヶ丘発の技術が今後、日本やアジアの農業を発展させていくことに大きく貢献しそうだ。
株式会社ルートレック・ネットワークス
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