ブックタイトルしんゆり人 NO.002 2019 SPRING
- ページ
- 30/40
このページは しんゆり人 NO.002 2019 SPRING の電子ブックに掲載されている30ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは しんゆり人 NO.002 2019 SPRING の電子ブックに掲載されている30ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
しんゆり人 NO.002 2019 SPRING
第二章 山だった新百合ヶ丘文・写真/編集部しんゆりの履歴書ShinyuriResume 1967(昭和42)年に撮影された、団地坂上バス停そばの王禅寺見晴らし公園あたり(百合丘3丁目)から新百合ヶ丘駅方面を撮影した写真が出てきた。団地坂上は公団百合丘団地の坂の上ということだ。手前が「三井第一住宅」(現・王禅寺西2丁目)、左手が「品川倉庫」(王禅寺西3丁目)、高圧線の鉄塔の向こうが「日信販」(王禅寺西1丁目)、一番奥が「勧銀土地」(上麻生2丁目)と、開発会社の名前で呼ばれていた住宅地が広がる。その鉄塔の奥、住宅地が途切れた先が新百合ヶ丘駅周辺の山々だ。 ここに一筋、線路が通った。1974(昭和49)年、開通したばかりの航空写真を見ると、山の中に駅だけがあるのがよく分かる。山を削り、住宅地の端に、多摩線始発駅・急行停車駅として、忽然と新百合ヶ丘駅が姿を現したのである。上空からの写真で01しんゆり人 NO. 002 2019 SPRING 30