CHARMS OF SHINYURI
しんゆりの魅力

しんゆりの誕生

小田急線・新百合ヶ丘駅

 1974(昭和49)年、小田急線・新百合ヶ丘駅が開業しました。この地域は起伏に富んだ椀状の丘陵地で山林が約65%を占め、当時は駅前広場への進入路なども未整備でした。そのため乱開発や農家の生活環境の崩壊を防ぐ必要があり、1977(昭和52)年~1984(昭和59)年に「川崎都市計画新百合丘駅周辺特定土地区画整理事業」を施行。農家の生活の安定を計るため、地域住民が自主的に結集して時代の要請に適応した新しい地域社会を建設することをねらいとした「農住都市構想」を母体とし、地元地権者と川崎市による総合開発協議会が発足。川崎市の「新都心」の建設という行政的位置づけのもとで、駅周辺の開発が行われました。

 1982(昭和57)年には、川崎市多摩区から分区して麻生区が誕生、新百合ヶ丘駅北口に麻生区役所が開所しました。当時の区の人口は約9万6千人でしたが、2018(平成29)年3月現在は約17万7千人に達しています。この間、駅周辺では、まちづくりの進展とともに、行政施設や商業施設、日本映画大学や昭和音楽大学、川崎市アートセンターなどの芸術文化関係の教育機関・施設の整備が進み、より魅力のあるまちへと成長していきました。

 新百合ヶ丘駅周辺には、恵まれた住環境を求め、多くの芸術家や文化関係者が移り住んできました。また、この地域に集積する多くの芸術文化関係施設を活用し、年間を通じて市民の手によるさまざまな催しが開催され、芸術文化が身近に感じられる街になりました。地域では、この豊かな芸術文化を中心として地域活性化や地域ブランド化を目指す「しんゆり・芸術のまち」の取り組みを続けています。

新百合ヶ丘駅周辺

秋にはススキ野原になった新百合ヶ丘駅周辺

麻生区役所

麻生区役所

「芸術のまち構想」シンポジウム

1984(昭和59)年に開かれた「芸術のまち構想」シンポジウム。「芸術のまち」は麻生区が誕生した頃からの大切な取り組みになりました。